外へ出た。出た所に縁がある。縁を飛び下りた秋安は、声のした方へ突っ走った。
 蒼白い紗布《しゃぎぬ》でも張り廻したような、月明の春の夜が広がっている。そういう春の夜の寵児かのように、のびやかな空へ顔を向けて、満開の白い木蓮が、簇々として咲いていたが、その木蓮の花の下に、抜身を引っ下げた一人の武士が、物思わしそうに佇んでいた。
 見れば足許に一人の武士が、姿の様子で大方は解《わか》る、切られて転がって斃れていた。
 秋安はそっちへ走り寄ったが、
「父上、何事でござりますか?」
 抜身を引っ下げて佇んでいたのは、秋安の父秋元であった。
「うむ、秋安か、この有様だ」
 それから太刀へ拭いをかけ、鞘へソロリと納めたが、
「実はな、音色が変わったのだ」
「は? 音色? 何でございますか?」
「調べていた鼓の音色なのだ。……それが何となく変わったのだ。……そういうことも無いことはない。おおよその楽器というものは、調べる人の心持によって、音色を変化させると共に、四辺《あたり》の著しい変化によっても、また音色を変えるものだ。……鼓の音色が変わったのだ。で、庭へ出て見たのさ。五六人の武士がいるではないか
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