った。そうして嵯峨の嵯峨念仏は、数日前に終わっていた。
そういう酣の春であった。
この野路の美しさよ。
木瓜《ぼけ》の花が咲いている。※[#「木+(虍/且)」、第4水準2−15−45]《しどみ》の花が咲いている。※[#「米+屑」、484−下−13]花《こごめ》の花が咲いている。そうして畑には麦が延びて、巣ごもりをしている鶉《うずら》達が、いうところのヒヒ鳴きを立てている。
農家がパラパラと蒔かれていたが、多くは花に包まれていた。白いのは木蓮か梨の花であろう。赤紫に見えるのは、蘇枋《すおう》の花に相違ない。
と、灌木の裾を巡って、孕鹿《はらみじか》が現われた。どこから紛れ込んだ鹿なのであろう? 優しい眼をして秋安を見たが、臆病らしく走り去った。
白味を含んだ蒼い空から、銀笛の音色を思わせるような、雲雀《ひばり》の声が降って来る。そうしてヒラヒラと野路からは、絹糸のような陽炎《かげろう》が立つ。
万事|四辺《あたり》は明るくて、陽気で美しくて楽しそうであった。
が、暗いものが一つあった。他ならぬ秋安の心であった。
「萩野と馴染んで一年になる。その交情は厚かったはずだ。あの女
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