人の昔に帰ろう。が、一言云って置く、不破小四郎《ふわこしろう》は伴作《ばんさく》殿の従兄《いとこ》で、関白殿下のご愛臣で美貌と権勢と財宝とを、三つながら遺憾なく備えて居られる。で、幸福のお身の上よ。が、そういうお身の上の方は、何事につけても執着がなくて、女子などにも薄情なものだ。で、其方《そなた》に予言して置く、間もなく小四郎に捨られるであろうぞ」
 捨石から腰を上げた秋安は、萩野を尻眼に睨んだが、そのままスタスタと歩き出した。一切未練は俺にはない――と云ったような歩き方である。とは云え灌木の陰へかくれて、萩野の姿の見えなくなると一緒に、その歩き方は力なげになった。
 絶望が心に涌いたからである。
 ここは京都の郊外の、上嵯峨《かみさが》へ通う野路である。御室《おむろ》の仁和寺《にんなじ》は北に見え、妙心寺《みょうしんじ》は東に見えている。野路を西へ辿ったならば、太秦《うずまさ》の村へ行けるであろう。
 その野路をあてもなく、秋安は西の方へ彷徨《さまよ》って行く。
 季節は酣《たけなわ》の春であった。四條の西壬生《にしみぶ》の壬生寺では、壬生狂言があるというので、洛内では噂とりどりであ
前へ 次へ
全79ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング