きたゆうしょう》の牡丹絵の襖、定家俊成《ていかしゅんぜい》の肉筆色紙を張り交ぜにした黒檀縁の衝立、天井は銀箔で塗られて居り、柱は珊瑚で飾られて居る。そういう華美の大広間も秀次の喚く兇暴の声で、ビリビリ顫えるばかりである。
 と、秀次は眼を据えたが、一人の侍女へ視線を止めた。
「これこれ其方《そち》は何というぞ」
「妾《わたくし》は千浪《ちなみ》と申します」
 オドオド顫えながら答えたのは、秀次の愛妾|葛葉《くずは》の方が、この頃になって召しかかえた、十七の処女《おぼこ》らしい侍女であった。
「千浪というか、よい名だよい名だ。参れ参れここへ参れ!」


愛妾の死

 淫蕩とそうして兇暴の光を、その眼の中へ漂わせながら、こう秀次に呼びかけられて、千浪はいよいよ顫え出した。
「はい」と云ったものの近寄ろうとはしない。あべこべに葛葉の背後《うしろ》へ隠れて、体を縮めるばかりであった。
「何も恐れることはない。取って食おうとは云っていない。可愛がってやろうと云っているのだ。参れ! 厭かな? 厭なことはあるまい」
 秀次はヒョロヒョロと立ち上ったが、千浪の方へ歩き出した。
 と、そういう様子を見て、血相を変えた女がある。他ならぬ愛妾葛葉の方で、かばう[#「かばう」に傍点]ように千浪を蔽うたが、
「許しておやり遊ばしませ。まだこの子はほんの[#「ほんの」に傍点]処女《おぼこ》で、可哀そうな子にござります」
 しかし葛葉の顔にあるものは、決して同情や愛憐ではなくて、むしろ自分の寵愛を、侍女《こしもと》の千浪に横取られることを、恐れて案じているところの、妾《めかけ》らしい嫉妬の情であった。
「ナニ処女、ははあそうか」
 秀次はカラカラと笑ったが、
「一層よいの、処女に限る。……其方《そち》は幾年《いくつ》だ? 二十九だったかな。年から云っても盛りは過ぎた。もう俺には興味はない。……代りに千浪をよこすがよい」
 秀次はなおもヒョロヒョロと進む。
 あれ! というように声を上げて、千浪が立って逃げ出したところを、飛びかかって秀次は小脇に抱いた。
「もがけもがけ、あばれろあばれろ、そのつどお前の軟かい肌が、俺の体へぶつかるばかりだ! 小鳥よ、捕らえた! 可愛い色鳥!」
 ズルズルと引き立てて行こうとした。
 その秀次の両の足を、しっかりと抱いた者があった。やはり葛葉の方である。
 冷やかに
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