ブルと恐ろしく顫えている。癇をつのらせている証拠である。
金泥銀泥で塗り立てられた、絢爛を極めた盃盤が、無数に立てられた銀燭に照らされ、蒔絵をクッキリと浮き出している。朱色に塗られた長柄の銚子が、次から次と運ばれて来る。床の間には黄金の香炉があって、催情的の香の煙が、太い紐のように立っている。
「お那々《なな》、謡え! 幸若《こうわか》、舞え! 伴作《ばんさく》々々鼓を調べろ!」
またも秀次は喚き出した。
「……何を恐れる! 天下人だぞ! 何を遠慮する、関白だ! 一天四界俺の物だ! 何を怯える、石田、増田に! 巷の童《わらべ》どもが悪口を云わば、用捨はいらない、切ってすてろ! 妻妾の数三十余人! それがどうした、少ないくらいだ! まだまだ美人を集めて見せる! 俺を殺生関白だという! 殺生ならぬ人間がどこにある! 政治に暗く人心離反し衆人俺を笑うという! 伏見の爺《おやじ》が悪いからだ! 爺が政治を執っているからだ。で俺は飾り物だ! 虚器を擁しているばかりだ! 不平もあろう、淫蕩にもなろう、残忍にもなろう、酷薄にもなろう! しかも関白をやめさせようとする。淀君の子を立てようとする。で、俺を迫害する! 僻むのは当然だ当然だ! ……騒げ、はしゃげ[#「はしゃげ」に傍点]、謡え、舞え! 京都の柔弱兒を驚かせてやれ! 注げ! 酒だ! イスパニアの酒だ! ……安南《あんなん》、交趾《こうし》から献上した、紅玉《ルビー》色をした酒を注げ! バタニア胡椒を酒へ入れろ! さぞ舌ざわりがよいだろう。酔が烈しく廻るだろう。……ソレソレこぼれた酒がこぼれた! スラスの懸布で拭くがいい。……鳥銃をもて、鳥銃をもて、往来の奴を撃ってやろう。象眼入の鳥銃がいい! 暹羅《しゃむ》から献じたあいつ[#「あいつ」に傍点]がいい。……沈香で部屋をくゆらせろ、伽羅で部屋をくゆらせろ! 龍涎香で部屋をくゆらせろ!」
金銀で飾った脇息に倚って、秀次はのべつに喚き立てる。
座に列なっている妻妾や侍女《こしもと》や、近習役や茶道衆や、幸若太夫の面々は、顔を見合わせて黙っている。
たった今女が死んだのである。懐刀で自害をしたのである。で、すっかり怯かされている。その上に例の酒乱が出て、秀次の態度が兇暴になった。果たしてどうなることだろう? で、黙っているのである。
狩野永徳の唐獅子の屏風、海北友松《うみ
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