っそ両親の菩提のために、諸国の神社仏閣を、巡拝いたそうと存じまして、京都へ参ったのでございました。でもともかくも秀次公に仕える聚楽第の若いお侍に、手籠めに合いなどいたしましたら、逝き父母に対しては申訳なく、妾自身に対しましては、恥しい次第にございます。……ほんにあの時お助け下され、何とお礼を申してよいやら、有難い次第にござります。……それにこのようにご親切に、お屋敷へさえお連れ下され、手厚い介抱を受けまして、いよいよ忝《かたじ》けなく存じます」
その娘の名はお紅《べに》と云い、北国の名家、佐々隆行、その一族の姫なのであった。その父の名は時明《ときあきら》、その母の名はお園の方、一時はときめいた[#「ときめいた」に傍点]身分なのであった。
それであればこそお紅という娘も、貧しい貧しい廻国風の姿に、身を※[#「にんべん+肖」、第4水準2−1−52]してはいるけれど、臈たけいまでに[#「臈たけいまでに」はママ]品位があり、容貌が打ち上って見えるのであった。
素性を聞いたために秋安が、いよいよお紅という娘に対して、いわれぬ愛着と尊敬とを、感じたことは言うまでもない。
で、幾度も頷いたが、
「いずれ由緒《よし》あるお身の上とは、最初から存じて居りましたが、そのような名家の遺兒《わすれがたみ》とは、思い及びも致しませんでした。そういうお方をお助けしたことは、この秋安にとりましては、名誉のことにござります。で、お尋ねいたしますが、今後はいかようになされます? やはりご廻国なさいますお気で?」
「はい」と云うと娘のお紅は、寂しそうに顔を俯向けたが、
「手頼り無い身にござります。一人ぼっちの身にござります。やはり諸国を巡りまして、神社仏閣を参拝し、この一生を終わります他には、手段はないように存ぜられます。今宵一夜だけお泊め下されて。明日はお許し下さりませ。早々においとまいたしまして……」
「旅へ立たれるお意《つもり》なので?」
「そう致しとう存じます」
「が、またもや悪漢どもが、苦しめましたならどうなされます」
途絶えた鼓
これがお紅には気がかりなのであろう。俯向いたままで黙っている。
どうやら夜風でも出たらしい、この離座敷《はなれ》の中庭あたりで、木々のざわめく音がした。
庭には花が咲いているはずだ。風に巻かれて諸々の花が、繚乱と散っていることであろう。
が、
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