#「仰有《おっしゃ》る」は底本では「有仰《おっしゃ》る」]のね?」
「そうなのだよ、そうなのだよ。そんなに根気のよい、そんなに誠心の敬虔のお心を持ったお方なら、私達の持っている心の病気や、体の病気を癒して下されて、幸福な身の上にして下さるかもしれないと、悩みを持ったたくさんの人達が、そのお方の所へ伺って、自分たちの悩みを訴えたのだよ」
「するとそのお方がその人達の悩みを、みんな除去《とりさ》って下すったのね」
「解り易い言葉でお説きなされて、心の病気と体の病気を、みんな除去って下されたのだよ」
「それでだんだん信者が増えて、大きな教団になったと仰有る[#「仰有る」は底本では「有仰る」]のね」
「そうなのだよ。そうなのだよ」
「そのお方どんなお方ですの?」
「わしのような老人なのだよ」
「そのお方の名、何て仰有る[#「仰有る」は底本では「有仰る」]の?」
「信者は祖師《そし》様と呼んでいるよ。……でも反対派の人達は『飛加藤《とびかとう》の亜流』だと云っているよ」
「飛加藤? 飛加藤とは?」
「戦国時代に現われた、心の邪な忍術使いでな、衆人《みんな》の前で牛を呑んで見せたり、観世縒で人間や牛馬を作って、それを生かして耕作させたり、一丈の晒布《さらし》に身を変じて、大名屋敷へ忍び込んだり、上杉謙信の寝所へ忍び、大切な宝刀を盗んだりした、始末の悪い人間なのだよ」
植木師の一隊
「どうしてお偉いお祖師様のことを、飛加藤の亜流などというのでしょう?」
「祖師様のなさるいろいろの業が、忍術使いのまやかし[#「まやかし」に傍点]の業のように、人達の眼に見えるからだよ」
「お爺さん、あなたもそのお祖師様の、信者のお一人なのでごさいますのね」
「ああそうだよ、信者の一人なのだよ」
「お爺さんのお名前、何て仰有《おっしゃ》る[#「仰有《おっしゃ》る」は底本では「有仰《おっしゃ》る」]の?」
「世間の人はわしの事を、飛加藤の亜流だと云っているよ」
「ではもしやお爺さんが、そのお偉いお祖師様では?」
しかし老人は返辞をしないで、優しい意味の深い微笑をした。
三人は先へ進んで行った。
背中の猿は眠ったと見えて、重さが少し加わって来た。それを女猿廻しは揺り上げながら、
(実家《いえ》を出て十年にもなる。流浪から流浪、艱難から艱難、いろいろのお方とも出入りを重ねたが真底から偉いと思
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