密の女めいても見えた。
「山岸様、山岸主税様! お気が付かれたそうな、まア嬉しい! 山岸様々々々!」とあやめ[#「あやめ」に傍点]はいかにも嬉しそうに、自分の顔を主税の顔へ近づけ、情熱的の声で云った。
「それに致しましても何て妾《わたし》は、申し訳のないこといたしましたことか! どうぞお許しなすって下さいまし。……ほんの妾の悪戯《いたずら》[#「《いたずら》」は底本では「《いたづら》」]心から、差しあげた独楽が原因となって、こんな恐ろしいことになるなんて。……それはあの独楽には何か秘密が、――深い秘密のあるということは、妾にも感づいてはおりましたが、でもそのためにあなた様へ、あの独楽を上げたのではごさいません。……ほんの妾の出来心から。……それもあなた様がお可愛らしかったから。……まあ厭な、なんて妾は……」
 これがもし昼間であろうものなら、彼女の頬に赤味が注し、恥らいでその眼が潤んだことを、見てとることが出来たであろう。

   勘兵衛や武士を殺した者は?

 あやめ[#「あやめ」に傍点]があの独楽を手に入れたのは、浪速高津《なにわこうず》の古物商からであった。それも孕独楽《はらみごま》一揃いとして、普通に買入れたのに過ぎなかった。その親独楽も十個の子独楽も、名工四国太夫の製作にかかわる、名品であるということは、彼女にもよく解《わか》っていた。そうして子独楽の中の一個《ひとつ》だけが、廻すとその面へ文字を現わすことをも彼女はよく解っていた。
 すると、或日一人の武士が、飛田林覚兵衛《とんだばやしかくべえ》と宣《なの》りながら、彼女の許へ訪ねて来て、孕独楽を譲ってくれるようにと云った。しかしあやめ[#「あやめ」に傍点]は商売道具だから、独楽は譲れないと断った。すると覚兵衛は子独楽の一つ、文字を現わす子独楽を譲ってくれるようにと云い、莫大な金高を切り出した。それであやめ[#「あやめ」に傍点]はその子独楽が、尋常の品でないことを知った。それにその子独楽一つだけを譲れば、孕独楽は後家独楽になってしまう。そこであやめ[#「あやめ」に傍点]は断った。
 しかし、覚兵衛は断念しないで、その後もあやめを付け廻し、或いは嚇し或いは透かし[#「透かし」はママ]て、その子独楽を手中に入れようとした。それがあやめ[#「あやめ」に傍点]の疳に障り、感情的にその子独楽を、覚兵衛には譲るまいと
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