決心した。と同時にその子独楽が、あやめ[#「あやめ」に傍点]には荷厄介の物に思われて来た。その中あやめ[#「あやめ」に傍点]は縁があって、江戸の両国へ出ることになった。
 そこで浪速から江戸へ来た。するとどうだろう飛田林覚兵衛も、江戸へ追っかけて来たではないか。
 こうして昨日《きのう》の昼席となった。
 舞台で孕独楽を使っていると、間近の桟敷で美貌の若武士が――すなわち山岸主税なのであるが、熱心に芸当を見物していた。ところが同じその桟敷に、飛田林覚兵衛もいて、いかにも子独楽が欲しそうに、眼を据えて見物していた。
(可愛らしいお方)と主税に対しては思い、(小面憎い奴)と覚兵衛に対しては感じ、この二つの心持から、あやめ[#「あやめ」に傍点]は悪戯《いたずら》[#「《いたずら》」は底本では「《いたづら》」]をしてしまったのである。即ち舞台から例の小独楽を、見事に覚兵衛の眼を掠め、主税の袖の中へ投げ込んだのである。
(孕独楽が後家独楽になろうとままよ、妾《わたし》にはあんな子独楽用はない。……これで本当にサバサバしてしまった)
 あやめ[#「あやめ」に傍点]はそう思ったことであった。
 そうして彼女は今日の昼席から、定席へも出演《で》ないことに決心し、宿所《やど》をさえ出て行方を眩ましてしまった。それは彼女にとっては一生の大事業を、決行することに心を定め、その準備に取りかかったからであった。
 でも彼女は夕方になった時、職場が恋しくなって来た。そこでこっそり出かけて行った。ところが裏木戸の辺りまで行って見ると、太夫元の勘兵衛と山岸主税とが、自分のことについて話しているではないか。そこで、彼女は側《そば》の空店《あきだな》の中へ、素早く入って身を忍ばせ、二人の話を立聞きした。その中に勘兵衛が無礼の仕打ちを、主税に対してとろうとした。
(どうで勘兵衛は遅かれ早かれ、妾が手にかけて殺さなければ、虫の納まらない奴なのだから、いっそ此処で殺してしまおう)
 あやめ[#「あやめ」に傍点]は心をそう定めた。
 で、手練の独楽の紐を――麻と絹糸と女の髪の毛とで、蛇のように強い弾力性を持たせて、独特に作った独楽の紐を、雨戸の隙から繰り出して、勘兵衛の首へ巻き付けて、締めて他愛なく殺してしまった。
(これで妾の一生の大事業の、一つだけを片付けたというものさ)
 もっと苦しめて殺してやれなかっ
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