「うむ、乱入いたすそうな。……そうなってはどうせ切り死に……」
「切り死に? ……敵《かたき》と、お父様の敵と……それでは返り討ちになりますのね。……構わない構わないどうなろうと! ……本望、わたしは、わたしは本望! ……主税様と二人で死ぬのなら……」
亡魂の招くところ
たちまちふいに闇の部屋の中へ、一筋の薄赤い光が射した。
(あっ)と二人ながら驚いて、光の来た方へ眼をやった。
奥の部屋を境している襖があって、その襖が細目に開いて、そっちの部屋にある燈火《ともしび》の光が、その隙間から射し込んで来たと、そう思われるような薄赤い光が、ぼっとこの部屋に射して来ていた。
「貴郎《あなた》!」とあやめ[#「あやめ」に傍点]は怯えた声で云った。
「あけずの館に燈火の光が! ……では誰かがいるのです! ……恐ろしい、おおどうしよう!」
主税も恐怖を新規《あらた》にして、燈火の光を睨んだが、
「そういえば閉扉の館の戸が、内から自ずと開きましたのも、不思議なことの一つでござる。……そこへ燈火の光が射した! ……いかにも、さては、この古館には、何者か住んで居るものと見える! ……どっちみち助からぬ二人の命! ……敵の手にかかって殺されようと、怪しいものの手にかかって殺されようと、死ぬる命はひとつでござれば、怪しいものの正体を……」と主税はヌッと立ち上った。
「では妾《わたし》も」とあやめ[#「あやめ」に傍点]も立った。
でも二人が隣部屋へ入った時には、薄赤い光は消えてしまった。
(さては心の迷いだったか)
(わたしたちの眼違いであったのかしら)
二人は茫然と闇の中に、手を取り合って佇んだ。この間も戸を破る烈しい音が、二人の耳へ聞こえてきた。
と、又も同じ光が、廊下をへだてている襖の隙から、幽かに薄赤く射して来た。
(さては廊下に!)
あやめ[#「あやめ」に傍点]と主税とは、夢中のようにそっちへ走った。
しかし廊下へ出た時には、その光は消えていた。
が、廊下の一方の詰の、天井の方から同じ光が、気味悪く朦朧と射して来た。
二階へ登る階段があって、その頂上から来るらしかった。
二人はふたたび夢中の様で、階段を駈け上って二階へ登った。しかし二階へ上った時には、その光は消えていて、闇ばかりが二人の周囲《まわり》にあった。
悪漢毒婦の毒手によって、無残に殺され
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