得意の奇蹟というので、さっさと難を遁れるはずだ。しかし」と彼は考え込んだ。
「いざ捕縛という間際になり、素晴らしい奇蹟を現わしたら? そうして難を遁れたら?」
彼は心に痛みを感じた。
「絶対にそんな事があるものか。だがもし万一あったとしたら、あるいは彼奴は預言者かも知れない。そうして彼奴が預言者なら、俺は潔く降伏しよう。とまれ預言者か大山師か、それを確かめる方便としても、俺が彼奴を売ったのは、決して悪い思い付きではない」
梢から露が落ちて来た。楊の花が散って来た。イエスの祈る咽ぶような声が、いつ迄もいつ迄も聞こえていた。
やがてイエスは立ち上り、使徒達の方へ帰って来た。
不安と疲労《つかれ》とで使徒達は、木の根や岩角を枕とし、昏々《こんこん》として眠っていた。
イエスは一人々々呼び起こした。
「眠っては不可《いけ》ない。お祈りをしよう」
ユダを抜かした十二人の者は、そこで改めて祈りを上げた。
しかしどうにも眠いと見えて、使徒達はまたも眠り出した。[#「眠り出した。」は底本では「眠り出した、」]麻痺的に病的に眠いらしい。
「また眠るのか、何ということだ! 惑《まど》いに[#
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