利己主義者だ。途方もない妄想狂だ。『朽ちる糧のために働かずに、永生の糧のために働け』という。これこそ妄想狂の白昼夢だ。永生とは一体何だろう? 生命《いのち》ある物はきっと死ぬ。永存する物は無生物だけだ。『俺に来る者は飢えないだろう。俺を信ずる者は渇かないだろう』ではお前へ行かない者は飢えるということになるのだな。ではお前を信じない者は、渇くということになるのだな。彼奴は要するに大山師だ!」
ユダがイエスを裏切ったのは、こういう考えの相違からであった。
十三人は歩いて行った。
次第に夜が更けてきた。月光は少しずつ冴えて来た。十三人は痩せて見えた。木乃伊《ミイラ》のように痩せて見えた。
ユダ奴が俺を売ったらしい。パリサイ人の追手達が、身近に逼っているらしい。
――イエスはすでに察していた。彼の動作は狂わしかった。いつものような平和《おだやか》さがなく、木の根や岩に躓《つまず》いた。そうして幾度も休息した。それでもそのつど説教した。
楊《やなぎ》の茂みを潜りぬけ、ケロデンの渓流《ながれ》を徒歩《かち》渡りし、やがてゲッセマネの廃園へ来た。
イエスの体は顫えていた。ひどく恐れて
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