したので、昨日《きのう》お移りなさいましたそうで。それで、お迎えに参りました」
「一体貴郎様はどういうお方で?」
「へい、タクシの運転手で」
「すぐ載っけろ! 馬鹿野郎!」
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街《ちまた》に落つる物の音
雨にはあらで落葉なる
明るき蒼き瓦斯《ガス》の燈《ひ》に
さまよう物は残れる蛾
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廃頽詩人ヴェルレイヌ、卿《おんみ》だけだ! 知っている者は! 秋の呼吸《いぶき》を、落葉の心を、ひとり死に残った蛾の魂を。
私のタクシは駛《はし》っていた。
街路樹がその葉をこぼしていた。人々は外套を鎧っていた。寒そうに首をすっ込めていた。冬がそこまで歩いて来ていた。白無垢姿の冬であった。
「俺も長い間苦しんだなあ」
クッションへ蹲《うずくま》って考えた。
「もう堪忍してくれないかなあ」
私はじっと瞑目した。
「でなかったら葬ってくれ。落葉がいいよ、朴《ほう》の落葉が」
私のタクシは駛っていた。
「泣けたらどんなにいいだろう」
おずおず眼をあけて車外《そと》を覗いた。
そこは賑かな広小路であった。冬物が飾り窓に並べられてあった。それを覗いている
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