飲んだ。
「赤い警察の提燈《ちょうちん》が、チラツイているあの屋敷だ」
妻も唾を飲んだらしい。運転手が扉《ドア》を開けようとした。
「待て」と私は嗄声《かれごえ》で制した。窓のカーテンを掻い遣った。妻の鬢の毛が頬に触れた。
佐伯家の厳めしい表門が、一杯に左右に押し開けられていた。赤筋の入った提燈が、二つ三つ走り廻っていた。遠巻きにした見物が、静まり返って眺めていた。門の家根《やね》から空の方へ、松の木がニョッキリ突き出していた。遥かの町の四つ角を、終電車が通って行った。
刺すような静寂が漲っていた。
「おい、運転手君、引っ返しておくれ」
――で、タクシは引っ返した。
彼女は何とも云わなかった。彼女の肩が腕の辺りで、生暖かく震えていた。
何か捨白《すてぜりふ》が言いたくなった。
「捕り物の静けさっていうやつさね。旅行しますと云ったっけ。ははあ刑務所のことだったのか。佐伯君、警句だぞ」
勿論腹の中で云ったのであった。
12[#「12」は縦中横]
その翌日の新聞は、刺戟的の記事で充たされていた。大標題《おおみだし》だけを上げることにしよう。
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