くのは怖かった。と云うよりも妻の方で、うっそり[#「うっそり」に傍点]者のこの私を、一人でやるのが不安だったらしい。
で、自動車へは二人で乗った。
私の両手と彼女の両手とが、革財布を抑えていた。
考え込まざるを得なかった。
「これは何かの間違いなのだ。でなかったら陰謀だ。どうぞ陰謀でないように。俺は問題にならないとしても、聡明らしい佐伯氏が、贋金と白金とを見分けぬはずはない。知っていて俺に借したのだ。しかしあんな猪牙がかりに、借せるような物じゃアないはずだが。金銭《かね》に直して幾万円? 箆棒めえ借せられるものか! だが借したのは事実なのだ。……曰くがなけりゃアならないぞ……」
私達のタクシは駛《はし》っていた。彼女は物を云わなかった。夜は十二時を過ごしていた。何という町の冬霧だ。とうとうタクシは公園へ来た。その公園を突っ切った。××町まで遣って来た。こんな飛んでもない贋金は、早く早く返さなければならない!
「停《と》めろ!」と私は呶鳴るように云った。
徐行し、そうして停車した。
「どのお家! 佐伯さんのお家は?」
妻が私に呟いた。私は窓から覗いて見た。
「ご覧」と私は唾を
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