た。おりから逾越《すぎこし》の祝日《いわいび》で、往来には群集が漲っていた。家内では男女がはしゃいで[#「はしゃいで」に傍点]いた。
ピラトは思慮のある官吏であった。しかし心が弱かった。
イエス一人を庁内へ呼び、
「お前は猶太の王なのか?」
彼は先ずこう訊いた。
「我国はこの世の国ではない」
これがイエスの返辞であった。
「とにかくお前は王なのか?」
「そうだ」とイエスは威厳をもって云った。
「俺はそのために生れたのだ。……すなわち真理を説くために」
イエスの謂う所の王の意味と、キリストの謂う所の国の意味とを、ピラトはそこで直覚した。
玄関へ出て彼は云った。
「この男には罪はない」
しかし群集は喜ばなかった。イエスを戸外《そと》へ引き出した。棘《いばら》の冕《かんむり》を頭に冠せ、紫の袍を肩へ着せ、そうして一整に[#「一整に」はママ]声を上げた。
「十字架に附けろ! 十字架に附けろ!」
エルサレム城外カルヴリの丘、そこへキリストを猟り立てて行った。
草の芽が満地を蔽っていた。樹立が丘を巡っていた。祭壇から煙りが立ち昇り、犠牲の小山羊が焚かれていた。殿堂では鐘が鳴らされ
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