ず、また奇蹟も行なわず、死を希望《のぞ》んでいた人の様に、従容と縛に就《つ》こうとは? 一体|彼奴《あいつ》は何者だろう?」
 ユダはすっかり驚いてしまった。悉皆目算が外れてしまった。
 楊《やなぎ》の木に体をもたせかけ、暁近い空を見た。
 どうにも不安でならなかった。

 イエスに対する審判は、その夜のうちに行なわれた。
 祭司長カヤパはこう訊いた。
「お前は本当に神の子か?」
「そうだ」とイエスは威厳をもって云った。
「人の子|大権《たいけん》の右に坐し、天の雲の中に現われるだろう。お前達はそれを見るだろう」
 カヤパの司どる猶太教《ユダヤきょう》からすれば、神の子だと自ら称することは、この上もない冒涜であった。その罪は将《まさ》に死に当たった。
 人を死罪に行なうには、羅馬《ローマ》政府の方伯《ほうはく》たるピラトに聞かなければならなかった。
 サンヒドリンの議員やパリサイ人や、祭司長カヤパは夜の明ける迄、愉快そうにイエスを嬲り物にした。
 やがて夜が明けて朝となった。羅馬公庁ピラトの邸へ、カヤパ達はイエスをしょびいて[#「しょびいて」に傍点]行った。
 それは金曜日にあたってい
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