ると利休はますます笑い、
「いやいやそれは人にこそよれ、利休に限っては左様な賊に襲われる気遣いはございませぬ。アッハハハ、大丈夫でござる」
 ――とたんに奥庭の茂みから、
「そうばかりは云われまいぞ!」と、嗄《しわが》れた声で叫ぶ者があった。
 ギョッとして二人がそっちを見ると、数奇を凝らした庭園の中、幽かに燈《とも》っている石燈籠の横に、「木隠の茶碗」と大書した紙を、ダラリと胸の辺りへ張り付けた例の気味の悪い磔柱が一本ニョキリと立っていた。


 あまりのことに千利休は全然《すっかり》顔色を失ったが、心配の余り明日《あす》とも云わずその夜の中に御殿へ伺候し強いて秀吉に謁を乞い事の始終を言上した。
 関白秀吉はそれを聞くとしばらく無言で考えて居たが、
「利休、茶碗はくれてやれ」
 余儀なさそうにやがて云った。
「は、遣わすのでござりますか?」
「うん、そうだ、くれてやれ」
「木隠は名器にござります」
「千金の子は盗賊に死せず。こういう格言があるではないか。茶碗一つを惜んだ為、俺《わし》や其方《そち》に怪我があってはそれこそ天下の物笑いだ」
「とは云え殿下のご威光までがそのため損《きず
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