くすけ》というのへ、封じた書面を手渡した。そうして何事か囁いた。それから斎戒[#「斎戒」は底本では「斉戒」]沐浴し、討手の来るのを待ち受けた。討手の大将は椎名《しいな》金之丞と云って、情を知らぬ武士であったが、手向いもしない郷左衛門を高手小手に縛めると磔柱へ縛り付けた。
磔柱は車に積まれ、船山城の大手口まで、大勢の手で引き込まれた。
「船山城中へ物申す。岡郷介を戻せばよし、飽迄知らぬ存ぜぬとあらば、郷介の父郷左衝門をこの場において鎗玉に上げる」
椎名金之丞は大音にこう城内へ申し入れたが、城内からの返答は以前《まえ》と替わりがないのであった。
「岡郷介と申す者、当城中には決して居らぬ」
これが須々木家の返答であった。
「是非に及ばぬ。今はこれ迄」
金之丞は合図をした。
たちまち左右から突き出す鎗に郷左衛門は肋を刺されガックリ首を垂れたのである。
この日郷介は矢倉の窓からじっ[#「じっ」に傍点]と様子を眺めていたが、心の中では嘲笑っていた。
「素性も知れぬ乞食爺を俺の実父と思い込み磔刑沙汰とは笑止千万、お陰で計略図に当たり、ますます俺は須々木豊前に信用を得ると云うものだ。そこを
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