私は乞食でござります。お父様などとはとんでもない。何かのお間違いでござりましょう」
「いえいえ貴郎《あなた》はお父様です。夢のお告げがござりました。……昨夜《ゆうべ》のことでございますが、神々しい老人が現われ出で、『汝明日光善寺へ参れ、そこに老年の乞食がいよう、それこそ汝が年頃尋ねる実の生の親であろうぞ』と、お告げ下されましてござります。……何と仰せられても貴郎は父上。どうでも邸へお迎え致し孝養を尽くさねばなりませぬ」
郷介はこう云うと飽迄真面目に乞食の手を取るのであった。
「どうも不思議だ。解《げ》せぬことだ」
乞食は苦々しく笑ったが、
「ところで貴郎のお姓名《なまえ》は?」
「岡郷介と申します」
「なに?」と乞食はそれを聞くと颯《さっ》と顔色を変えたものである。
「岡郷介? しかと左様かな?」
「何しに偽りを申しましょう」
「……ああもう遁れぬ運命じゃ。……さあどこへでもお連れ下され。……」
老いたる乞食はヒョロヒョロと敷いていた筵《むしろ》から立ち上ったが、その表情にもその態度にも、一種異様なものがあった。恐れに恐れていた幽霊に、避けに避けていた悪運に、突然ぶつかった[#「
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