度の謀叛だ」
「憎い男でございますな」
 二人はちょっと黙り込んだ。春の夜嵐が吹いている。庭の花木にあたると見えて、サラサラサラサラと落花でもあろう、地を払う物の気勢《けはい》がする。
「郷介」と直家は意味あり気に、
「其方は今年二十二歳、姫とはちょうど年恰好だ」
「殿、何を仰せられます」
 郷介は眼瞼を紅くした。
「治部さえなくば月姫は、其方に嫁わせないものでもない」
「私《わたくし》は臣下《けらい》でございます」
「秘蔵の臣下だ。疎《おろそ》かには思わぬ」
「忝けのう存じます」
「治部はどうしても生かして置けぬ」
「殿」と郷介は膝行《いざ》り寄った。
「私、治部めを討ち取りましょう」
「娘月姫は其方のものだ」
「忝けのう存じます」

 春昼の陽は暖かく光善寺の樓門《さんもん》を照らしていた。
 六十余り七十にもなろうか、どこか気高い容貌をした老年《としより》の乞食《ものごい》が樓門の前で、さも長閑《のどか》そうに居眠っていた。
 そこへ通りかかった岡郷介は、何と思ったかツカツカと近寄り、
「お父様!」と呼びかけた。そうして地上へ跪座《ひざまず》いた。
 驚いたのは乞食であった。

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