長の瓶子《へいし》には酒が充たされ、大|盞《さかづき》が添えられてあり、それらの前に刺繍を施した茵《しとね》が、重々《あつあつ》と敷かれてあったからである。
「ほう」と正次は声を洩らした。
「これは一体どうしたことだ?」
しかし直ぐに感づいた。
(さっきの女性《にょしょう》と老人とが、この館に住む人々で、その人々がこの身に対し、心尽くしをしたのであろう)
「忝《かたじ》けのう[#「忝けのう」は底本では「恭けのう」]ござる、頂戴|仕《つかまつ》る」
どこにも人影は見えなかったが、いずれどこかでこっちの進退を、仔細に観察しているだろうと、こんなように考えられたところから、こうつつましく礼を云い、それから瓶子を取り上げて、酒を注ぎ盞を取った。で、悠々と酒を飲み、数々の料理に箸をつけた。その間も館内は寂然としていて、全く人の気勢《けはい》はなく、人家に離れているところから、他に物音も聞こえなかった。充分に腹を養ったため、とみに正次は精気づき、心ものびのびと展《ひろ》がって来た。で、のんびりと部屋を見廻した。
「ほう」とまたも正次は、思わず声を洩らしてしまった。
見れば背後《うしろ》の床ノ
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