も通じて居られますご様子、姓名をお聞かせ下されよ」
「伊賀の国の住人|日置正次《へきまさつぐ》、弓道の奥義極めようものと、諸国遍歴いたし居るもの。……ご息女のお名前お聞かせ下され」
 すると代わって老人の声が、遮るように聞こえてきた。
「あいや、ご無用、まだ早うござる。……なるほど防身《うけみ》は確かでござる。が果たして射術の方は? ……両様の態《たい》定った暁、何も彼もお明しなさるがよろしい」
 ここでにわかに手を拍つ音が、田楽の節を帯びて聞こえてきた。
「天王寺《てんおうじ》の妖霊星《ようれいぼし》! 天王寺の妖霊星!」
「見たか見たか妖霊星!」
 女がそれに合わせて歌った。これも同じく手を拍っている。
「千早《ちはや》は落ちたか、あら悲しや」
「悲しや落ちた、情なや」
「天王寺の妖霊星!」
「妖霊星、妖霊星!」
 足拍子の音が聞こえてきた。
 しかし次第に遠退いた。踊りながら築山の奥の方へ、二人揃って行ったようであった。


 書院へ帰って来た日置正次は、あッとばかりに驚かされた。蒔絵の燭台に燈火がともり、食机《おしき》の上に盆鉢《わんばち》が並び、そこに馳走の数々が盛られ、首
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