ります。その人数に連れられまして、九州へ妾下向いたします。雉四郎の難題を今日まで、引き延ばして居りましたのもそれがためで、さらに今日一日を引き延ばし、明日になった時難を避け、立ち去る所存でござりました」
 こう篠姫は微笑しながら云った。
「きわどい所でござりましたな、私も日中和田兵庫殿に、お目にかかる事出来ませなんだならば『養由基』のお譲りを受けるという、またとある可《べ》くもない幸運に、外れるところでござりました」
「ご縁があったからでござります」
 鶏《とり》が啼いて明星が消え、朝がすがすがしく訪れて来た時、美々《びび》しく着飾った武士達が多勢、立派な輿を二挺舁ぎ、この館を訪れた。大内家からの迎えであった。
「おさらば」「ご無事で」と別離の挨拶!
 挨拶を交わせて名残惜しそうに篠姫とそうして和田兵庫とは、日置正次と立ち別れた。楠氏の正統篠姫は、翠華漾々平和の国、周防大内家へ行ったのである。

 准南子《えなんじ》ニ曰ク「養由基《ヨウユウキ》楊葉《ヨウヨウ》ヲ射ル、百発百中、楚《ソ》ノ恭王《キョウオウ》猟シテ白猿ヲ見ル、樹ヲ遶《メグ》ッテ箭《ヤ》ヲ避ク、王、由基ニ命ジ之ヲ射シム、由基
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