く話していた。正次の前には三宝に載せた「養由基」の一巻があった。姫から正次へ譲られたものである。「養由基」を譲るに足るような武士を、この館へ幾人となく誘い、弓道をこれまで試みたが、今日までふさわしい人物に逢わず、失望を重ねていたところ、今日になって貴殿とお逢いすることが出来た。「養由基」をお譲りする人物に、うってつけ[#「うってつけ」に傍点]に似つかわしい立派な貴殿に。――こういう意味の事を和田兵庫は云った。
「恩地雉四郎と申す男、決して妾《わらわ》の一族では是無《これな》く、赤松家の不頼の浪人であり、以前から妾に想いを懸け、『養由基』ともども奪い取ろうと、無礼にも心掛けて居りました悪漢、それをお討ち取り下されましたこと、有難きしあわせにござります。今日まで彼の要望《のぞみ》を延ばし、切刃詰まった今日になって、貴郎《あなた》様に討っていただきましたことも、ご縁があったからでござりましょう」
 こういう意味のことを篠姫も云って、助けられたことを喜んだ。
「今後のご起居いかがなされます?」
 こう正次は心配そうに訊いた。
「実は明日大内家より、迎いの人数参りますことに、とり定めある儀にござ
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