州方面の、大名豪族の領地へ参り、生活《くらし》するようになりまして、わが洞院信隆卿にも、過ぐる年|周防《すおう》の大内家へ、下向されましてござります。その際妾にも参るようにと、懇《ねんごろ》におすすめ下されましたが……」
「…………」
 矢声は掛けなかった、充分に狙い、切って放した正次の箭! 中《あた》って悲鳴、又も宙に、もんどり打って仆れた敵! ワーッとどよめいて敵は引いたが、懲りずまた箭をハラハラと射かけた。
 渦巻かせた兵庫の薙刀のために、箭は数條縁へ落ちた。
「四本目の箭、いざ遊ばせ!」
「うむ」と受け取り、そのままつがえ
「何故ご下向なされませなんだ」
「先祖|正成《まさしげ》より伝わりました、弓道の奥義書『養由基《ようゆうき》』九州あたりへ参りましたら、伝える者はよもあるまい、都にて名ある武士に伝え、伝え終らば九州へと……」
「養由基? ふうむ、名のみ聞いて、いまだ見たこともござらぬ兵書! ははあそれをお持ちでござるか」
 云い云い正次は、キリ、キリ、キリ、と弦をおもむろに引きしぼった。
「養由基一巻拙者の手に入らば、日頃念願の本朝弓道の、中興の事業も完成いたそうに。欲しゅ
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