またも鉄扇を一揮した。連れて箭が足下へ叩き落とされた。
「お見事」と又も女の声がし、すぐに続いて問いかけた。
「弓箭《きゅうぜん》の根元ご存知でござるか?」
「弓箭の根元は神代にござる」
言下に若武士はそう答えた。
「根《ね》の国に赴きたまわんとして素盞嗚尊《すさのおのみこと》[#「素盞嗚尊」は底本では「素盞鳴尊」]、まず天照大神《あまてらすおおみかみ》に、お別れ告げんと高天原《たかまがはら》に参る。大神、尊を疑わせられ、千入《ちいり》の靱《うつぼ》を負い、五百入《いおいり》の靱を附け、また臂に伊都之竹鞆《いつのたかとも》を取り佩《は》き、弓の腹を握り、振り立て振り立て立ち出で給うと、古事記に謹記まかりある。これ弓箭の根元でござる」
「さらに問い申す重籐《しげとう》の弓は?」
「誓って将帥の用うべき品」
「うむ、しからば塗籠籐《ぬりごめどう》は?」
「すなわち士卒の使う物」
「蒔絵《まきえ》弓は?」
「儀仗《ぎじょう》に用い」
「白木糸裏は?」
「軍陣に使用す」
「天晴《あっぱ》れ!」と女の清らかな声が、築山の方からまた聞こえてきた。
「お若いに似合わず技巧《わざ》ばかりでなく、学にも通じて居られますご様子、姓名をお聞かせ下されよ」
「伊賀の国の住人|日置正次《へきまさつぐ》、弓道の奥義極めようものと、諸国遍歴いたし居るもの。……ご息女のお名前お聞かせ下され」
すると代わって老人の声が、遮るように聞こえてきた。
「あいや、ご無用、まだ早うござる。……なるほど防身《うけみ》は確かでござる。が果たして射術の方は? ……両様の態《たい》定った暁、何も彼もお明しなさるがよろしい」
ここでにわかに手を拍つ音が、田楽の節を帯びて聞こえてきた。
「天王寺《てんおうじ》の妖霊星《ようれいぼし》! 天王寺の妖霊星!」
「見たか見たか妖霊星!」
女がそれに合わせて歌った。これも同じく手を拍っている。
「千早《ちはや》は落ちたか、あら悲しや」
「悲しや落ちた、情なや」
「天王寺の妖霊星!」
「妖霊星、妖霊星!」
足拍子の音が聞こえてきた。
しかし次第に遠退いた。踊りながら築山の奥の方へ、二人揃って行ったようであった。
3
書院へ帰って来た日置正次は、あッとばかりに驚かされた。蒔絵の燭台に燈火がともり、食机《おしき》の上に盆鉢《わんばち》が並び、そこに馳走の数々が盛られ、首
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