へ頭巾《ずきん》をいただかれ、羅織《うすもの》の被風《ひふ》をお羽織りになられた、気高いお方を守り、こなたへ歩いて来るからでした。
(これは大変なお方が来られた)
こうわたしは呟《つぶや》きましたが、半僧半俗のそのお方が、前《さき》の尾張中納言様、ただ今はご隠居あそばされて、無念坊退身《むねんぼうたいしん》とお宣《なの》りになり、西丸に住居しておいであそばす、徳川宗春様であられるのですから、驚いたのは当然でしょう。
と、宗春様はお足をとめられ、何やら一人のご家来に向かい、ささやかれたようでございました。するとそのご家来は群れから離れ、職人風の男の側《そば》へ寄って来ましたが、
「これ其方《そち》そこで何をしておる」と、厳《いか》めしい口調で申されました。
「川を見ているのでございますよ」そう職人風の男は申しましたっけ。
「川に何か変わったことでもあるのか」
「いいえそうではございませんが。所在なさに見ていますんで」
「所在ない? なぜ所在ない」
「わたしは大工なのでございますが、親方のご機嫌をとりそこなって、職を分けてもらうことができなくなったんで。……どうしたものかと、思案しいし
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