ようです。
 その西条様がぼんやりした様子で、一軒の家の前に佇んだのは、それから間もなくのことでした。
 平家《ひらや》だての格子づくりの、粋《いき》な真新しい家の前でした。
 と、格子戸の奥の障子が、土間をへだてて明るみ、やがて障子が開き行燈《あんどん》をさげた仇《あだ》っぽい女が、しどけない姿をあらわしました。睫毛《まつげ》の濃い大型の眼、中だるみ[#「だるみ」に傍点]のない高い鼻、口はといえばこれも大型でしたが、受け口めいておりましたので、色気にかけては充分でした。空《あ》いている左手を鬢《びん》へ持って行き、女のくせで、こぼれている毛筋を、掻《か》きあげるようにいたしましたが、八口《やつくち》や袖口から、紅色がチラチラこぼれて、男の心持を、迷わせるようなところがありました。及び腰をして格子戸の方を隙《す》かし、
「どなた、宅にご用?」
 と、含みのある水っぽい声で言ったものです。
「いや」
 と西条さんは狼狽《ろうばい》したような声で、
「狼藉者《ろうぜきもの》が入り込んだのでな」
「狼藉者? 気味の悪い……どのような様子の狼藉者で?」
「乞食じゃよ、穢《きた》ない乞食じゃ」

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