「そう、あの男もこんなように、貴郎様の太刀先をのがれましたねえ」
「乞食め!」
と西条様はわたしの背を目がけ、斬りおろしました。
それを掻《か》いくぐって左へ飛び、
「ここに庄内川がありましたら、わたしもあの男のように川へ飛び込んで、のがれることでございましょうよ。……それにしても惜しいものだ、乞食にばかりこだわらずに、素直に私という人間の言葉を聞いて、持田さんあたりを調べたら、たいした功が立てられるのに……」
言いすててわたしは露路の一つへ駈《か》けこみましたっけ。
庄内川の岸で、職人風の男を討ちそこなって逃がし、西丸様からお叱りを受け、どうあろうとその男をさがし出し、討ってとれとの厳命を受け、さがし廻っているがわからない。そのムシャクシャしている腹の中へ、グッと棒でも突っ込んだように、わたしの言葉がはいったのですから、わたしに対する憎しみは烈しく、あくまでも斬りすてようと、わたしの後《あと》を追って、西条様が、露路へ駈け込んで来たのは、当然のことかと存ぜられます。でも露路には枝道《えだみち》が多く、こみいっておりましたので、わたしがどこへかくれたか、西条様にはわからなかった
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