ものの男の声は、どうやら鼻白んだ様子である。「争《いさか》いは止めよう、つまらない」
ここでしばらく沈黙した。
茂みに隠れ、地にへばりつき[#「へばりつき」に傍点]、聞き耳を立てていた旗二郎、「解らないなあ」と呟いた。「何をいったいいっているのだろう?」
しかしどっちみち男も女も、善人であろうとは思われなかった。ここの屋敷の人達に対し、よくないことを企んでいる――そういう人間どもであることは疑がいないように思われた。
「事件は複雑になって来た。いよいよもって怪しい屋敷だ。……門外の男は何者だろう? 眼の前にいる女は何者だろう?」
で、旗二郎微動もせず、なおも様子を窺《うかが》った。
「とにかく」と男の声がした。門の外にいる男の声だ。「是が非でも成功させるがいい」
「お前さんもさ」といい返した。門内の女がいい返したのである。「万全の策をとるがいいよ」
「いうまでもないよ」と笑止らしく、「武士を入れるよ、切り込みのな。……備えはどうだ、屋敷内の備えは?」
「宵の間に一人若い武士が、屋敷へはいって泊まり込んでいるよ」
「え?」といったが驚いたらしい。「どんな人品だ? 立派かな?」
「
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