いるらしい男との間に、こんな話が交わされたのである。
「首尾はどうだ?」と男の声がした。
「今夜十二時……」と女の声が答えた。
「ハッキリした返辞をするそうだよ」
「ナニ十二時?」と怒ったように、「それでは少し遅いではないか」
「遅くはないよ」と女の声も、何んとなく怒っているようである。「十二時キッチリにまとまったら、何んのちっとも遅いものか」ぞんざい[#「ぞんざい」に傍点]な伝法な口調である。
「が、一分でも遅れては駄目だ」不安そうな男の声である。
「九仭の功を一|簣《き》に欠くよ」
「百も承知さ」と嘲笑うように、「お前さんにいわれるまでもない」
「で、どうだい?」とあやぶむように、「まとまりそうかな、その話は?」
「そうだねえ」と女の声、ここでいくらか不安らしくなった。「はっきり、どっちともいわれないよ」
「腕がないの」と憎々しく、男の声は笑ったらしい。「それでもお前といわれるか」
「お互いッこさ」と負けてはいない。「そういうお前さんにしてからが、大して腕はないではないか」女の声も憎々しくなった。「こんな土壇場へ迫《せ》り詰まるまでいったい、何をしていたんだい」
「止せ!」といった
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