室に集まり今後の方針を議することとした。
真っ先に立ち上がって発言したのは大和日出夫の父であった。
「拙者は日本の本草家|大和《やまと》節斎《せっさい》と申す者でござる」
これを聞くと紋太夫は驚いたような顔をしたが、
「ナニ大和節斎殿とな? これはこれはさようでござったか。和漢洋の学に通じ、本草学の研究においては一流の学者と申すこと、噂に承《うけたま》わっておりました。しかし今より十数年前、支那|上海《シャンハイ》の方面にて行方不明になられたと、もっぱらの評判でござりましたが、意外も意外このような土地に、ご壮健にておいでとは、不思議な事でござりますな」
「いやそれには訳がござる」節斎は微妙に笑ったが、「まずともかくもお聞きくだされ。これは不思議な話でござる。そうしてこれは皆様にとって最も有益な話でござる。実はな拙者|上海《シャンハイ》において珍らしい書物を手に入れたのでござる」
二十七
大和節斎は演説を続けた。――
「さよう、拙者は上海《シャンハイ》において、珍らしい書物を手に入れました。孔子以後現代までの聖人賢人悪人どもの知識について書き記したもので、この本
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