傍点]と十平太は呼吸《いき》を呑んだが、さすがに逃げもしなかった。
「頭領」と声を掛けながら寝台《ねだい》の方へ突き進んだ。見れば寝台に紋太夫がいる。広東《カントン》出来の錦襴の筒袖に蜀紅錦の陣羽織を羽織り、亀甲《きっこう》模様の野袴を穿き、腰に小刀を帯びたままゴロリとばかりに寝ていたが、頸《くび》の周囲《まわり》に白布で幾重にもグルグル巻いているのがいつもの頭領と異《ちが》っている。
両手で頸を抑えながら、大儀そうに紋太夫は立ち上がった。
「頸へさわっちゃいけないぜ」
嗄《しわが》れた声で云いながら、黒檀の卓の前まで行くとドンと椅子へ腰掛けた。
「頭領」
と十平太は立ったまま紋太夫の様子を眺めていたが、「いつお帰りになられましたな? そうして頸はどうなされましたな?」
「そんな事はどうでもよい。これちょっと手伝ってくれ。隠《かく》しから、書籍《ほん》を出してくれ」相変わらずいかにも呼吸《いき》苦しそうに紋太夫は云うのであった。
で、十平太は書籍《ほん》を出した。黒い獣皮で装幀された厚い小型の本である。
「これだよ、地理書は! ああこれだよ!」
嬉しそうに紋太夫は笑い出した。
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