ど枝道が現われようと、彼は驚きはしなかった。奇数、偶数と行きさえすれば迷う心配がないからである。
 今の時間にして十時間余り、道程《みちのり》にして十二、三里、紋太夫は歩いたものである。その時|洞然《どうぜん》と打ち開けた広い空地が現われた。それは空地と云うよりもむしろ一個の別天地であった。丘もあれば林もあり人家もあれば小川もある。蛍の光か月光か、蒼澄んだ仄《ほの》かな微光《うすびかり》が、茫然と別天地を照らしているが何んの光だか解らない。
 どこからともなく人声がする。と歌声が聞こえて来た。その歌声を耳にすると紋太夫はアッと仰天した。日本の言葉で日本の歌を鮮かに歌っているからであった。
「おおここには日本人がいる! ここはいったいどこだろう?」
 夢に夢見る心地と云うのはこの時の紋太夫の心持ちであろう。歌声は益※[#二の字点、1−2−22]はっきりと、益※[#二の字点、1−2−22]美しく聞こえて来る。紛れもない日本の歌だ。
「ここはいったいどこだろう」
 紋太夫は感にたえ思わず繰り返して呟いた。しかり! ここはどこだろう?
 壺神様を奉安した神秘崇厳の神境なのである!
 壺神様とは
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