うち一人として帰って来た人はござりませぬ。恐ろしい所でございます。決しておいでなさいますな」巫女は熱心に止めるのであった。
「私は東方の君子国日本という国の侍じゃ。恐ろしいということを知らぬ者じゃ」紋太夫はカラカラと笑い、「一旦行くと云ったからはどうでも一度は行かねばならぬ。これが武士《さむらい》の作法なのじゃ。巫女《みこ》殿まことに申しかねるが、一日分の食糧と松火《たいまつ》とを頂戴出来まいかな」
「どうでもおいでなされますか」
「活き剣を手に入れてきっと帰って参りまするぞ」
そこで松火と食物とを巫女の手から貰い受け、紋太夫は元気よく出立した。
ものの十町と行かないうちに無数の枝道が現われた。
「奇数、偶数、奇数、偶数、こう辿《たど》ればいいのだな。一は奇数だ、云うまでもなくな。……一の道を行ってやろう」
一番手近の枝道を彼はズンズン進んで行った。とまた無数の枝道へ出た。今度は手近から二番目の道を――偶数の道を進んで行った。奇数、偶数、奇数、偶数、これを繰《く》り返し繰り返し紋太夫は先へ進むのである。
行く手は暗々《あんあん》たる闇であったが手に松火《たいまつ》を持っているの
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