待っている由《よし》、危険千万でござるゆえ、大坂上陸はお止めなされとな。しかし頭領は聞かれなかった。――近頃南洋のある国よりある地理書を城代まで献上致した風聞じゃ。是非とも地理書を奪い取り、書かれた中身を一見せねばこの紋太夫胸が治まらぬ――こう云って無理に上陸したところ、はたして町奉行手附きの者に、騙《たば》かられて捕縛《めしと》られ、無残にも刑死をとげられたのじゃよ」

        二

 その時、あわただしく胴の間から一人の部下が飛んで来たが、月の光のためばかりでなくその顔はほとんど真っ蒼であった。
「どうした?」
 と十平太は訝《いぶか》し気に聞いた。
「大変なことが起こりました」胸を拳で叩きながら、「頭領の部屋に、頭領が……」
「なに?」
 と十平太は進み出た。
「えい、あわてずにしっかり[#「しっかり」に傍点]云え!」
「はい、頭領がおられます! はい、頭領がおられます。いつものお部屋におられます」
「馬鹿!」
 と海賊の塩風声《しおかぜごえ》、十平太は浴びせかけたが、
「首を打たれた頭領が何んで船中におられるものか。嘉三貴様血迷ったな!」
 嘉三と呼ばれたその男は、そう
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