と紋太夫は大眼カッと見開いて役人どもを見廻したが、
「ご免|蒙《こうむ》る」
と一声叫ぶと、海へ向かって走り出し、身を躍らせて飛び込んだ。パッと立つ水煙り。そのまま姿は見えなくなった。
小豆島紋太夫の持ち船が、瀬戸内海風ノ子島の、深い入江にはいって来たのは、同じその日の宵のことであった。
船中|寂《せき》として声もない。
二本|帆柱《ばしら》の大船で、南洋船と和船とを折衷したような型である。
鋭い弦月が現われて、一本の帆柱へ懸かった頃、すなわち夜も明方の事、副将|来島《くるしま》十平太は、二、三の部下を従えて胴の間から甲板《かんぱん》へ出た。
「ああ今夜は厭な気持ちだ。月までが蒼褪《あおざ》めて幽霊のように見える」
呟きながら十平太は東の空を振り仰いだが、「今頃|骸《むくろ》は晒されていようぞ。ああもう頭領とも逢うことが出来ぬ」
「とんだことになりましたな」一人の部下が合槌を打つ。「あの偉かった頭領がこうはかなく殺されようとは、ほんとに、夢のようでございますなあ」
「俺はあの時お止めしたものだ。……大坂城代も町奉行も我ら眷族の者どもを一網打尽に捕らえようとてぐすね引いて
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