《ばく》された私、矢来をお取り払いくだされたとてとうてい逃げることは出来ませぬ」
「警護の者も沢山いる。逃げようとて逃がしはせぬ。……最後の願いじゃ聞き届けて進ぜる」
「有難い仕合せに存じます」
そこで矢来は取り払われ波|平《たいら》かの浪華《なにわ》の海、住吉の入江が見渡された。頃は極月二十日の午後、暖国のこととて日射し暖かに、白砂青松相映じ、心ゆくばかりの景色である。
太刀取りの武士が白刃《しらは》を提げ、静かに背後《うしろ》へ寄り添った。
「行くぞ」
と一声掛けて置いて紋太夫の様子を窺《うかが》った。
紋太夫は屹《きっ》と眼を据えて、水天髣髴《すいてんほうふつ》の遠方《おちかた》を喰い入るばかりに睨んでいたが、
「いざ、スッパリおやりくだされい」
とたんに、太刀影《たちかげ》陽《ひ》に閃めいたがドンと鈍い音がして、紋太夫の首は地に落ちた。颯《さっ》と切り口から迸《ほとば》しる血! と見る間にコロコロコロコロと地上の生首渦を巻いたが、ピョンと空中へ飛び上がった。同時に俯向《うつむ》きに仆れていた紋太夫の体が起き上がる。
首は体へ繋がったのである。
「ハッハッハッハッ」
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