で、係りの役人がつと[#「つと」に傍点]進んだ。
「これ紋太夫、云い遺すことはないか?」作法によって尋ねて見た。
「はい」と云って紋太夫は逞《たくま》しい髯面をグイと上げたが、「私は、海賊にござります。海で死にとうござります」
「ならぬ」と役人は叱※[#「口+它」、第3水準1−14−88]《しった》した。
「その方|以前《まえかた》何んと申した。海を見ながら死にとうござると、このように申した筈ではないか、本来なれば千日前の刑場で所刑さるべきもの、海外までも名に響いた紋太夫の名を愛《め》でさせられ、特に願いを聞き届けこの住吉の海辺において首打つ事になったというは、一方ならぬ上《かみ》のご仁慈じゃ。今さら何を申しおるぞ」
「いや」
と紋太夫は微笑を含み、
「海で死にたいと申しましたは、決して海の中へはいり、水に溺れて死にたいという、そういう意味ではござりませぬ」
「うむ、しからばどういう意味じゃな?」
「自由に海が眺められるよう、海に向かった矢来だけお取り払いください[#「ください」は底本では「くだい」]ますよう」
「自由に海を眺めたいというのか」
「はいさようでございます。高手小手に縛
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