で、誰でもが交際《つきあ》わない種族なのであった。
「犬神に憑かれたらおしまいだ」
 そう人々は云いさえした。
 その種族の娘と夫婦《ふうふ》になる。これはとうてい弥兵衛にとっては我慢のならないことであった。
 が家《うち》へ帰って見て、もう犬神に憑かれていることを、弥兵衛は感ぜざるを得なかった。
 娘と恋仲になった日に、母が悶死したということであった。
 弥兵衛はすぐに出家してしまった。そうして諸国を巡《めぐ》った後、江戸へ出て浅草へ行った。
 と、おきたが茶汲み女として、美貌と艶姿とで鳴らしているのを見た。
 恐怖と懊悩とが彼の心を焼いた。
 彼は毎日難波屋の前を、往来しておきたを眺めたり、彼女の愛人として知られていた、貝塚三十郎の後をつけたりした。
 おきたを写した一枚絵を、それからそれと買いもした。
 死を前にしてこれだけのことが、弥兵衛――源空の記憶に上った。
(わしも結局|憑《つ》かれたんだ。こんなように憑かれるくらいだったら、いっそおきたと夫婦になった方が……
 いやそうではないそうではない! ……そんな小さな問題ではない! ……宗教《おしえ》の道へ入ってみて、人間は一切
前へ 次へ
全12ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング