お嬢様で眼覚めるような美人と駈け落ちをして夫婦になる、これは決して弥兵衛にとって、迷惑のことではなかったが、伊勢参宮を済ましていなかった。女を連れての神詣で、これはどうにも気が済まなかったので、
「帰途かならず立ち寄って、その時お連れいたしましょう」
弥兵衛は娘へそう云った。
男の真実がわかったと見えて、
「お待ちいたします」
と娘は云った。
参宮を済まして帰って来た弥兵衛は、村口の駄菓子屋で菓子を買いながら、それとなく例の屋敷のことを、そこの主人に訊ねて見た。
「大金持ちではございますが、犬神のお頭でございましてな、素人の衆は交際《つきあ》いませぬ。お気の毒なはあそこの娘で、名をおきたと云ってあれだけの縹緻《きりょう》、そこで父親が苦心をし、この娘だけは人並々に、素人衆に婚礼《めあ》わせたいと……」
そう菓子屋の主人《あるじ》は云った。
弥兵衛は顔色を失って、そのまま屋敷へは立ち寄らず、駿河《するが》の故郷へ一途に走った。
犬神! それは「とっつき」とも云い、その種族の者に見詰められると、見詰められた者は病気になるか、財を失うか発狂するか、ろくなことにはならないというの
前へ
次へ
全12ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング