は?
従者 人々は一時に声を飲み、一寸も動かず、ただ眼を見張り、立ちすくんでしまいました。
女子 ああ眼に見えるような。……………………
従者 それも瞬間でござりました。たちまち怒りの声と罵る声と、嘲笑の声とが四方八方から湧き起こりました。そして見る見る中に若様は、群衆の中に取りかこまれました。――むらむらと若様を取りかこんだ群集はバット一時に別れました。が、そのまん中に若様は、青褪め果てて仆れておりました。『公子といえども……』『名誉ある令人を罵る者は、公子といえども罰せよ!』『公子といえども』群衆は公子の体へ、これらの言葉と諸共に烈しい打撃を与えたのでござります。――この悲劇の最中に老人は月桂冠を頭に戴《いただ》いたのでござります。
女子 そして老人は。
従者 どこともなく消え失せてしまいました。暗の中を吹く風のように、雲の間の流星のように……。
女子 そのように消えてしまったのかえ、ええ、ええ。
従者 堂内に集っていた小供等が、月桂冠のため、銀の竪琴のため、名誉ある曲のため、その歌い手を取りかこみ、祝いの歌を歌おうと、老人をさがした時、老人はもう音楽堂の中には居らなかったのでござ
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