それを早く話しておくれ。ああ私の心はつなみ[#「つなみ」に傍点]のように騒ぎ、黒い怪しい魔のような影が心をまッ黒に曇らせている。……若様はどうしてお死になされたのだえ。あの優しくお情《なさけ》深かった若様が。
従者 はいはい。今朝から音楽堂は……。
女子 (もどかしげに)音楽などはどうでもよい。早く若様の御様子を……。
従者 はいはい、ではござりますが、順を追って申さねば、話はお解りなさりませぬ故、まあまあ、お気を静めて一通りお聞きなさりませ。――今朝から音楽堂の中は、セロやラッパの奏楽で耳もつぶれる程でござりました。諸国よりお集りの音楽家の方々は一つの月桂冠と一人の乙女を得ようため、二十歳の人は二十代までの、八十歳の人は八十代までの、自分の技倆の有らん限りを現わして、弾きつ、歌いつなされますので、音楽の嵐がさしもに堅固の建物を揺するかと思われるほどでござりました。(間)それが夕方になってからは追々に静まって、つい先刻の夜半となった頃は、音楽堂は静まり返り、ただ咽び泣くバイオリンの糸、銀の竪琴のそそるような響きが、聴く人の耳にゆれるばかり。(間)やがてオーケストラが始まり、それが止み、
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