堂内は一層の静かさとなりました。さてこれからが三人残った優勝者の中、最後の優勝者を定めるのでござります。
女子 その三人の中に若様がおいでなされたのではあるまいか。
従者 三人の中でも一番望みを嘱されておられましたのが、若様でござります。(間)若様の歌う歌は、天下に若様のみ唯一人知っておらるる「死に行く人魚」の歌と申すのでござりますそうな。(間)若様が気高い姿を楽堂の中央へ現わして、壇上へお上がりになろうとお進み遊ばした時、集《つど》いあつまった諸国の騎士、音楽家の人々や祝歌《ほぎうた》を歌おうと召し寄せられた小供等の視線は、まじろぎもせずに若様の一身に注がれました。その時の若様のお姿は、窓からの月光も、堂内の燭の光も、若様お一人に集ったかと思われる程、気高く美しく見えました、胸には一輪の深山鈴蘭の花がさされ、手には御秘蔵のバイオリンを持っておられました。この貴橄欖石と紅宝玉とで象眼《ぞうがん》されたバイオリンは亡き母上の御形身であるのでござります。(間)しかし、ああ不幸にも、若様が正面の壇の上へ昇ろうと片足を段へかけられました時、その時、人々は奇異の姿に眼を奪われ、不思議の楽音に心を
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