の音が聞こえますか。
女子 ええ、ええ、よく聞こえている。(耳を澄まし)そしてあのオーケストラの中で、二つの音が恐い程はっきりと聞こえて来る。……二つの音が。
使女A どんな音でござります。
女子 バイオリンの音と、銀の竪琴の音。
使女B 私にはただ、海のどよめきのような音よりは外に何も聞こえは致しませぬ。
女子 銀の竪琴の音は、つむじ風のように、バイオリンの音を吹き消して行く。
使女A そのバイオリンは誰が弾いているのでござりましょう。
使女B 若様ではござりますまいか。
女子 バイオリンの音は、深山鈴蘭が谷の陰で泣いているように細い細い声となった。
使女A 銀の竪琴は誰が弾いているのでござりましょう。
使女B あの怪しい老人が弾いているのではありますまいか。
女子 銀の竪琴の音は、暗《やみ》の中を荒れ狂っている、赤い焔のように鳴っている。……暗の中の血薔薇のように。(オーケストラの音|止《や》む)
使女A オーケストラが止みました。
女子 (急に窓に行き)ほんに、オーケストラはもう止んだ。(時を告ぐる鐘の音、音楽堂より聞こえ来る)
使女 お聞き遊ばせ、鐘が鳴っておりまする。あの鐘が
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