心持ちが昂奮していらっしゃります。神経が鋭くなりすぎていらっしゃります。
女子 昨夜のことは決して云うておくれでない。あれはほんの魔がさしたと云うものだから。
使女A 魔がさしたのはお嬢様ばかりではござりませぬ。あれほど沢山おいでなされた、騎士、音楽家の方々が、一人残らず片膝をついてお眠り遊ばし、無宙《むちゅう》で楽器をお弾きなされたと申すのは……。
使女B あれは皆様御一同へ魔がさしたと申すものでござりましょう。その中でもお嬢様が一番お美しくていらっしゃる故、それで一番深く魔者に見込まれたと申すものでござりましょう。
女子 あの晩私は、何時の間にお館を出て裏庭の罌粟畑へ行ったやら、私は少しも知りはせぬ。(間)ただ覚えていることは、白い髪の毛の音楽家が、銀の竪琴を弾いたこととその音が胸にしみ入ると、私はいつもになく……笑っておくれでない、私はいつもになく、淫《みだら》の心となったこと、丁度、一年前、北の浜辺で紅い薔薇の花を、紫の袍を着た、桂の冠をかむった、銀の竪琴を持った、若い美しい音楽家に貰った時のような心持ちとなったことを、いまだにはっきりと覚えている。
使女A 高殿でバイオリンを
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