ような雲、運河の上を数限りもない帆舟が行き、その舟の中には経帷子《きょうかたびら》を着た女と男、老人と子供の亡者ばかりが乗りこんでいて、呪詛の叫びをあげているような雲、(間)そして一番はっきり[#「はっきり」に傍点]と見えるのは、天才らしい青年の音楽家が、競技に敗けて愧死するように見える雲だが、あの青年は誰れやらに似ているように思われるぞえ。
使女B どの雲でござります。
女子 (窓口に来り、空を指し)今、音楽堂の丸家根の上にじっと止《とま》って下を見下ている、あの雲の形がそのように見えるじゃないか。
使女A (笑い)水母《くらげ》が躍っているように見えるではござりませぬか。
使女B 白痴の子供が裸体で騒いでいるようにも見えますが。
使女A ほんにそのようにも見えまする。
女子 (首を振り)いえいえそんな形じゃない、あれは大変悪い前兆の雲だぞえ。あれいつまでも丸家根の上から離れぬじゃないか。他の雲は皆んな丸家根を越して、彼方《むこう》へ彼方へと行ってしまうけれど、あの雲だけが動かずに、じっと音楽堂を見下している。あれが悪い前兆だと云うのだぞえ。
使女B お嬢様は昨夜からかけて、よほどお
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