弾いていらっしゃった若様が、あの時、罌粟畑の中で今お嬢様のおっしゃったような、紫の袍を着て、桂の冠をかむり、銀の竪琴を持った、年若の美しい音楽家をごらんになったと申すことではござりませぬか。
使女B いえいえ、桂の冠だけはかむって[#「かむって」に傍点]いなかったと申すことでござります。
使女A ほんにそうだったと申すことでござります……。お嬢様はその音楽家をごらんなされはしなかったのでござりますか。
女子 私はそのような音楽家は見なかったけれど。(と考える)
使女B 白髪の老人だと云う音楽家が、その実、若い美しい、紫の袍の音楽家であったのではござりませぬか。
女子 私も、もしや、そうではなかったかと思うけれど、(間)いえいえ、そんな筈はない。もし老人の音楽家が私の思っているその人なら、私は屹度その人に連れて行かれたに相違ない。
使女A 連れて行かれそうになったのを、若様がおひきとめなされたと申すことではござりませぬか。
使女B 若様のお歌いなされた歌が、お嬢様のお耳へ聞こえたので、お嬢様は正気にお返りなされたと申すことではござりませぬか。
女子 若様のお歌いなされた「死に行く人魚」の
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