下げ終わり]

(歌切れると共に女子は疲れ果ててFなる魔法使いの肩にすがる。魔法使いは女子を片手に介《かか》えて海を眺めて彳む。突如高殿よりバイオリンの音聞こゆ。調《しらべ》は短ホ調、歌は「死に行く人魚」の歌)

[#ここから2字下げ]
幻の美しければ
海の乙女の
あわれ人魚は
舟を追う。
波を分けて舟を追う。
月は青褪めぬ、
屍に似たる水の色。
[#ここで字下げ終わり]

(歌と共に高殿の窓開らけて、公子の姿現わる)
Fなる魔法使い (公子の姿を眺め、歌に耳を澄まし)あの歌は以前どこかで散々聞いた歌だ。奈落に沈む悲しげの音が短ホ調へしみこんでいる。あれを歌う男は生きてはいまい。あれを聞く女も死ぬだろう。(間)あれは死の歌だ。(女子もその歌に耳を澄ませて、高殿を見上ぐ。高殿の上にて公子、罌粟畑を見下して弾き且《か》つ歌う)

[#ここから2字下げ]
赤き帆は
追えども遠く離れ行く(ふっと切れ、直につづく)
船の中なる美しき影。
[#ここで字下げ終わり]

(女子はFなる魔法使いより離れて、高殿の方に歩み寄る、Fなる魔法使いはそれを凝視し)
Fなる魔法使い あの歌の力強い響きは巨人のよう
前へ 次へ
全154ページ中65ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング